ひゅういやろのお正月
片岡輝・文
花之内雅吉・絵
ひゅういやろのの、ひゅういやろ、とうとうたらり、とうたらり……お正月になると、にぎやかなお囃子にのって、さんばっさんのお人形が薄暗いお宮の中からニコニコと笑いながら現れて、ツーンと鼻が痛くなるような冷たい風に吹かれて、ぶるぶると身ぶるいをしながら、まるでうなるような、うたうような声で、「まずまずお舞いたまえ……」とくりかえして踊る人形芝居を、お父さんの肩車に乗ってみるのが、睦子のお正月の楽しみでした。今日は、大晦日。明日は待ちに待ったお正月です。

ところが、冬将軍が朝から暴れ始め、吹雪が強いので、街から山道を登って来る路線バスが運休になってしまったのです。睦子のお父さんは、山の仕事が暇な間は、街で働いていて、いつも大晦日にたくさんのおみやげといっしょに帰って来るのです。
睦子は、窓ガラスに鼻のてっぺんを痛くなるほど強く押し付けて、お父さんを乗せたバスが峠を越えて走ってくるのではないかと、粉雪の分厚いカーテンの向こうをにらみつけています。

ひゅういやろ、ひゅういやろ……上のお兄ちゃんが吹く笛の音が、吹雪の中に吸い込まれていきます。
「この分だと、さんばっさんも今年はお休みになるかもしれんぞ」
お兄ちゃんは中学生で、さんばっさんのお囃子で笛を吹く係です。
「お父さんも帰ってこれないし、さんばっさんもお正月も今年は来ないんだろうか?」
睦子がしょんぼりしていると、おにいちゃんがこんな話を聞かせてくれました。
「昔、きこりが、さんばっさんの祭りに燃やす薪をとりに山へ入っていった。すると…

冬将軍が、おれたちを追っ払って春の女神を呼び寄せるとは、ふとどき千万。そんな祭りは吹き飛ばしてくれよう≠ニ、びゅうびゅうぼうぼう雪交じりの嵐を巻き起こし、きこりを凍え死にさせようと、やっきになって攻めて来たそうな。きこりは、腰まで雪に埋まりながら、しびれて、もうなんにも感じなくなった両手に斧をしっかりと握りしめて、がっきがっきと木の幹にさんばっさんの人形を彫っていったんだと。一番叟は美しい春の女神、二番叟は千年も万年も生きたおじいさん、三番叟は福々しい福の神さまであったんだと。きこりが、さんばっさんを彫り終えたとき、きこりは、もう雪ん中にすっぽりと埋まっていたそうな」

「ね、それできこりはどうなったの? さんばっさんのおまつりはどうなったの」
「きこりがさんばっさんを彫り終えたとき、冬将軍は、吹雪の詰まった袋の中身をぜーんぶ使い果たして、さんばっさんにはとてもかなわんと、しっぽをまいてにげていったんだそうな」
「あー、よかった!」
睦子は、すっかり安心して、こたつの中で眠りこんでしまいました。
つぎの朝は、吹雪もやんで、うそのように
おだやかな元日でした。睦子が目を覚ますと枕元に新しい羽子板と、きれいな羽根が並んでいます。
「あ、お父さんだ! さんばっさんが冬将軍を追っ払って、お父さんを連れて来てくれたんだ
!さんばっさん、ありがとう!」
ひゅういやろうのひゅういやろう……お兄ちゃんが吹く笛に、鼓がとうとうたらりとうたらり……と、にぎやかに加わって、さんばっさんがお宮から出てきました。お父さんの肩車に乗った睦子が、「ありがとう」と、お辞儀をすると、さんばっさんが三人そろって春の笑いを辺りに振りまくのでした。

posted by 語り手たち at 22:48|
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