2019年05月01日

太陽と月の詩 NO.224 巻頭言

短編小説の味わいを語りに


NPO法人語り手たちの会理事長片岡輝


 この三月十七日に川越で開かれた『弥生語り』で会員が語った十の語りは、折しも競い合って咲き始めた桜のように美しく豊潤で、聞き手を魅了しました。ここ数年来の語り手の成熟ぶりとレパートリーの多様化には、目を見張るものがあります。アマチュアの趣味の域を超えて本格的な語りの文化が花開きつつあると実感します。語り手それぞれの個性的な語り口が、漱石の『夢十夜』の第一夜、賢治の『注文の多い料理店』、松谷みよ子の『みょうが宿』など。再話では、君川みち子の『きつねの桜かんざし』、須山優子の『山吹幻想』などいずれも短編小説の持つ凝縮された物語の魅力を余すところなく伝えてくれました。

 目を文学の世界に転じると、短編小説は一味も二味も違った知られざる傑作の宝庫です。東西古今の作家が、小粒でもピリリと薬味の利いた作品をたくさん書き残しています。ヒューモア、ノンセンス、ロマンス、ホラー、ファンタジー、SF、人情噺、ドキュメンタリーなどなどの手法やスタイルを駆使して、時代、地域、風俗、民族、信仰、ジェンダーなどの違いを超え、物語の底知れない魅力を引き出しています。

 トルコ最高の風刺作家と謳われるアズイズ・ネスインの『口で鳥をつかまえる』(護雅夫訳。藤原書店)の諧謔と悲哀に彩られた作品。アメリカのスティーヴン・ミルファーザーの『十三の物語』(柴田元幸訳・白水社)オープニング漫画と名付けられた『ネコと鼠』は、なんとアニメでおなじみの『トムとジェリー』を文章化したもので、作文の教科書のようです。チェコのカフカの『短編集』『寓話集』(ともに池内紀訳・岩波文庫)も宝石探しを楽しめます。

イタリアからは、アントニオ・タブッキの『時は老いをいそぐ』(和田忠彦訳・河出書房新社)と、デイーノ・ブッツァーティの『待っていたのは』(脇功訳・河出書房新社)を大人向けに。すでにご存じの方も多いと思いますが、子ども向けには、児童文学作家のジャンニ・ロダーリの『パパの電話を待ちながら』(内田洋子訳・講談社)をお薦めします。

 短編小説は、語り手自身が読んで楽しめ、次いで語り手が語ることを通して聞き手が楽しみ、さらには、語りの文化を豊かに実らせることにも貢献するという、いいことずくめの連鎖を生みます。

 近い将来、語り手の肉声で珠玉の短編小説が楽しめる日を首を長くして待っています。

posted by 語り手たち at 16:01| Comment(0) | 太陽と月の詩