2016年07月30日

太陽と月の詩 213号 巻頭言

(七十年たっても昔話にならない)

パーソナルストーリーを語り続けて


奈良県奈良市  秋山勝彦


 二〇〇六年会津若松で行われた「第八回全日本語りの祭り」で、僕は被爆体験を話しました。オープンセレモニーで話ができるなんて、とても恐ろしく光栄なことでした。

 僕の被爆体験は幼い子供の体験で、不思議と思うばかりで悲惨さがないため、子供には聞きやすいのでしょう。その後地元の奈良県を中心に小学校からの依頼が増え続け、今は二十校を超えるものとなっています。広島の修学旅行前平和教育として呼ばれるのです。また夏になると各地で行われる市民対象の平和集会で頼まれるので、年間三十回は被爆体験を話すことになってしまいました。

 僕は川越で語りの会に入り昔話などを始めましたが、長い話などは正確に話せず苦しみました。それでもトルコの昔話などユーモアのあるものは好きでした。「あなたはパーソナルストーリーが性格にあっているわよ」と囁かれたのが運の尽きでした。年間三十回も依頼を受けると、もうホジャさん(トルコ人)にかまってはおれません。子供たちからは原爆の質問も出るし、回答も用意しなければならないのです。それにしても被爆体験ばかりでは達成感はあっても面白くありません。そこで毎年川越で行われる市民対象の「お話し会」に、僕の新作パーソナルストーリーを「面白くなければクビよ、十五分以内でなければクビよ」という条件で発表しています。名作を名手(全部女性)が語る中にぽつんと男の僕が入るわけですから、幹事はその取り扱いに苦労しています。幸い僕の話は一部の人に好評で十年クビにならず続いています。先日「もっとパーソナルストーリーを、一人では淋しい」と言ったら「面白くないのよね。特に男の話は独りよがりで全然面白くない」ときっぱり言われました。僕も納得するところもあります。しかし僕は思うのです。別に戦争や原爆の話でなくとも、人生の実体験の中で(この話は後世に残しておきたいな)と思うものがあるではありませんか?話すべきです。また聴く人もパーソナルストーリーにもっとチャンスを与えて欲しいと思うのです。

 来年はどんな話にしようか?僕は今から苦労しております。クビの不安に怯えながら…。

(会 員)

posted by 語り手たち at 21:42| 太陽と月の詩