2017年08月02日

太陽と月の詩 217号 巻頭言

子どもたちの行く手に

               

東京都 尾松 純子



語り手たちの会が四十周年を迎えました。私の入会は四年目ぐらいだったと思います。幼い息子たちを連れて武蔵野公会堂の和室で行われていた例会に通いました。櫻井さんは別世界の人のように優雅で優しくて、受付には大好きな先輩、曲田さんが座っていてくださいました。あの頃見ていた行く手の光。私はずっとそこに向かって歩んで来たように思えています。覚束ない歩みでしたが、いつも踏みしめる確かさがありました。

でも、今、私たちの立つ大地が大きく揺らいでしまっているような中で、茫然としています。私たちの国に何が起きているのでしょう。言葉とは何なのでしょう?その精神世界を構築しているはずの、世界を創り上げているはずの言葉が何と虚ろに響くことでしょう。

子どもたちは、日々大人の言葉の中を生き、大人たちの言葉が創り上げた世界で育っていきます。私たちの語りは、真実を語り、生きることの喜びを語り、誠実に生きることの美しさを語り続けてきたはずです。そして、私たちの語りは、どんな状況をも生き抜けるようにとの願いと共に、子どもたちに生きていく言葉を手渡す営みでもありました。その存在のかけがえのなさと愛を伝え、“大きな受容の中で生きることのできる世界”を手渡すことでもありました。でも、最近子どもたちにお話を語りながら、後ろめたさのようなものを感じる瞬間がありました。持ち得る全ての力を注ぐけれど、あなたたちの行く手を守ることができないかもしれない・・・そんな不安がよぎります。

そんな時、心の奥に響いてくる言葉がありました。

「最も辛い状況で様々なことを選択しなければならないが、その時、中心には人間がいなくてはならない。人間が苦しんでいるのに経済を考えて助けないということは、どうやっても正当化することはできない。人が自分のせいではないのに辛い状況に陥ってしまった時には、この人は社会において二重に保護されねばならない」

チェルノブイリ事故で苦しんでいる人たちへ向けたウクライナ初代大統領の言葉です。

また、アメリカの闇を暴いたエドワード・スノーデン氏は、「死ぬほど怖い決断だった」と言い、

「だが法律を超えても守らなければならない倫理が存在する」と。

『チェルノブイリの祈り』の著者アレクシェービッチ氏は、大きな歴史が素通りする小さき人々に限りなく優しく寄り添いながら、「人間であり続けることは容易ではない。それでも人間であり続ける作業は、一人になってもやっていかねばならない」と。

彼らの高貴なまでの誠実さと、深い優しさの前に居ずまいを正し、私たちの語りがこの暗澹たる状況の行く手に見える光になり得ることを祈り続けます。 

(語り手たちの会理事・おはなし夢夢主宰)




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2017年04月30日

太陽と月の詩 216号 巻頭言

創立四十周年のその先へ


片岡 輝


 世界の行く手になにやら不吉な暗雲が立ち込め、これまで揺るぎないものと安心していた大地に亀裂が走ろうとしている中、語り手たちの会は創立四十周年を迎えました。肉声の語りで人と人の心に橋を架けて、子どもたちの笑顔と幸せを守ろうと地道な活動を続けてきた私たちの志と実践の真価が、いま鋭く問われていると同時に、宗教、国境、民族、性別、教育、情報格差、貧富、正規雇用と非正規雇用、大都市圏と地方などなど、人びとを分断する力が強まっているからこそ、その流れに歯止めをかけ、引き裂かれた傷口を修復すべく、語りが果たす役割の重要性がかつてなく高まっていると感じています。


 子どもたちの笑顔と幸せは、子どもを取り巻くすべての人々の笑顔と幸せなくしてはあり得ません。すべての人々が等しく笑顔と幸せであるためには、社会がやさしさと寛容さに満ち、公平でガラス張りで互いに違いを認め合い、憲法を遵守し、人権を守って、他者を貶めることなく、平和を愛さなくてはなくてはなりません。その初めの一歩が、心を開いて言葉をかわすコミュニケーションです。


 折しも、東京では、約五〇〇年前、ネーデルランドで活躍した画家ピーテル・ブリューゲル一世が旧訳聖書に記載されている物語『バベルの塔』を描いた作品が公開され、話題となっていますが、天を衝く高い塔を建てようとした人間の驕りが神の怒りを買い、言葉を奪われた人間は意思の疎通が出来なくなり、塔が未完に終わるさまが描かれています。この物語が示す教訓については、諸説がありますが、ポスト・真実といわれる天をも畏れぬ空疎な虚言が世界を駆け巡っている現状の未来を予告しているかのように思えてなりません。私たちは、小さな真実と愛の言葉を地道に語り紡ぐことを創立四十周年のその先へ向かって続けて行く決意を新たにし、ともに歩み続けたいと願っています。


(NPO法人語り手たちの会理事長)



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2017年01月31日

太陽と月の詩 215号 巻頭言

四〇周年 おもうこと

                              東京都府中市 須山優子

今年、語り手たちの会は創立四〇周年を迎えます。今号に年間の記念事業も掲載いたしました。どれも「語りの多様性」と、次世代への想いを託した「語りの未来」をテーマとしています。
会の一員として、この機会に「四〇周年記念の個人目標」を立ててみることにしました。
一、物語に入り込む旅を〜再話からオリジナルまで〜
以前、不思議な体験をしたことがあります。平家物語の祇王と佛御前、この女性たちの心情をもっと理解したいと思い、二人の終の棲家となる嵯峨野祇王寺を訪ねたときのこと。初冬の夕暮れ時は人気もなく、竹林に囲まれた庭を庵の縁先から眺めていると、後ろで密やかな話し声が…。「あなたがここにいらしたときは、ほんに驚きました。その上、この庵にお迎えすることになろうとは」「祇王様、私は入道殿の屋敷から命懸けで出て参ったのです。人として、生きるために」庵のあるじ祇王御前と髪を下した佛御前、そう、確かに。思わず、薄暗がりに鎮座する二人の座像に手を合わせてしまいました。帰り道、すれ違った見知らぬ老婦人曰く「実の姉妹のような最期だったのです、お二人は」・・・すてきな白昼夢。この旅で、再話「白拍子ふたり」は完成しました。(会誌55号)今年はできる限り物語の故郷に出かけよう。見て体感して、そして創るために。
二、眼差しを読み取る〜赤ちゃんからお年寄りまで〜
辛い思い出があります。落ち着きがなくなった子の保護者に「Мくん、おうちで何かありました?」「いいえ、べつに…」その後、冷たい見方をすると保護者からのクレーム。語り手(私)の「語り口調」、聞き手(保護者)との気持ちの通じ合いに至らないところがあったのでしょう。
嬉しい思い出も一つ。「いっぱいあるけど中くらいの嫌なことはね、内緒だけど、あっちゃんにカバン持たされたこと」と、耳元で囁いた一年生のKちゃん。そっとハグすると、体の力を抜いてクスクス笑ってくれました。気持ちが通いあった一瞬です。
語りの原点は、やはり日常会話です。目線や表情、抑揚や緩急等はすべて意味のあること。赤ちゃんからお年寄りまで、心は眼差に表れます。それを大事にくみ取って語っていこうと思います。
皆さまの今年の目標もお聞かせください。記念事業の場で語り合いましょう。前理事長、故櫻井美紀さんもきっとにこにことしながら耳を傾けてくださっていることでしょう。

                                (語り手たちの会理事)
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