2019年08月01日

太陽と月の詩 NO.225 巻頭言

心をつなぐ体験


神奈川県横浜市 菅野 智子

 横浜市の榎が丘小学校六年生のあるクラスが一年間の「防災学習」という授業の中で、語りに取り組んでくれました。なぜ語りが取り入れられたのでしょう?きっかけは「災害が起こる前に何をするべきか」という課題の中で、保健の先生が東北在住のお母さまに「普段から人と人とのつながりを築いていくことが大切だ」と言われたと紹介されたことからでした。そこから担任の先生が「心と心をつなぐ橋を架ける」語りに注目してくださり、それならと図書の先生が同校でおはなしボランティアをしている野田登志子さんを先生に紹介、それからチームよこはまの有志七人で短いお話をいくつか用意して、子どもたちが語るお手伝いすることになったのです。

 まず、二時間を使って、とりあえずグループの中で語れるようにしました。子どもたちは「人と人を繋ぐ」をクラスのテーマにして積極的に取組み自分で探した長いお話も語り、一年から五年までの全クラスで語ったのです。三月、保護者と共に地域の者として招かれた六年生主催の感謝の会で、改めて一年間彼らが積み上げてきた成果に触れることになりました。体育館で一人ひとり将来の夢を語ってくれたのですが、クラス全員の声がなんと生き生きとしていることか。驚かされる程に子どもたちは自分の言葉を人に届ける力を育てていました。まっすぐに強い気持ちが伝わる言葉と声に感動し、この素晴らしい瞬間に立ち会わせてもらったことをこちらの方が感謝するばかりでした。今、それぞれの中学校に進学した彼らは新しい生活を始め、違った経験を積んでいることでしょう。でもお話を語った者はそのお話を心の深いところで育てるものです。いつかふっと、「そういえばこんなお話があるよ」と、誰かにしてくれたらうれしいなと思います。

 おはなしごっこ012に参加のママも他の子どもたちに絵本を読んでいます。そのまま私たちのお話活動に加わった人もお子さんの成長やお仕事で離れることもありますが、反対にこどもが大きくなったからとお話ボランティアを始める方もいます。また別の方から「小学生二年の息子の心にはゾウさんとフワフワちゃん(おはなしごっこ012のプログラム)が今でもいる」と聞くと、お話は心で生き続けると知らされます。お話をしたり、してもらったりした体験は心をつないだ大事な記憶としてその人の心にしまわれ、他の人に又お話を伝える力となるのではないかと思っています。

(語り手たちの会 語り普及育成担当理事)




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2019年05月01日

太陽と月の詩 NO.224 巻頭言

短編小説の味わいを語りに


NPO法人語り手たちの会理事長片岡輝


 この三月十七日に川越で開かれた『弥生語り』で会員が語った十の語りは、折しも競い合って咲き始めた桜のように美しく豊潤で、聞き手を魅了しました。ここ数年来の語り手の成熟ぶりとレパートリーの多様化には、目を見張るものがあります。アマチュアの趣味の域を超えて本格的な語りの文化が花開きつつあると実感します。語り手それぞれの個性的な語り口が、漱石の『夢十夜』の第一夜、賢治の『注文の多い料理店』、松谷みよ子の『みょうが宿』など。再話では、君川みち子の『きつねの桜かんざし』、須山優子の『山吹幻想』などいずれも短編小説の持つ凝縮された物語の魅力を余すところなく伝えてくれました。

 目を文学の世界に転じると、短編小説は一味も二味も違った知られざる傑作の宝庫です。東西古今の作家が、小粒でもピリリと薬味の利いた作品をたくさん書き残しています。ヒューモア、ノンセンス、ロマンス、ホラー、ファンタジー、SF、人情噺、ドキュメンタリーなどなどの手法やスタイルを駆使して、時代、地域、風俗、民族、信仰、ジェンダーなどの違いを超え、物語の底知れない魅力を引き出しています。

 トルコ最高の風刺作家と謳われるアズイズ・ネスインの『口で鳥をつかまえる』(護雅夫訳。藤原書店)の諧謔と悲哀に彩られた作品。アメリカのスティーヴン・ミルファーザーの『十三の物語』(柴田元幸訳・白水社)オープニング漫画と名付けられた『ネコと鼠』は、なんとアニメでおなじみの『トムとジェリー』を文章化したもので、作文の教科書のようです。チェコのカフカの『短編集』『寓話集』(ともに池内紀訳・岩波文庫)も宝石探しを楽しめます。

イタリアからは、アントニオ・タブッキの『時は老いをいそぐ』(和田忠彦訳・河出書房新社)と、デイーノ・ブッツァーティの『待っていたのは』(脇功訳・河出書房新社)を大人向けに。すでにご存じの方も多いと思いますが、子ども向けには、児童文学作家のジャンニ・ロダーリの『パパの電話を待ちながら』(内田洋子訳・講談社)をお薦めします。

 短編小説は、語り手自身が読んで楽しめ、次いで語り手が語ることを通して聞き手が楽しみ、さらには、語りの文化を豊かに実らせることにも貢献するという、いいことずくめの連鎖を生みます。

 近い将来、語り手の肉声で珠玉の短編小説が楽しめる日を首を長くして待っています。

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2019年02月03日

太陽と月の詩 NO.223 巻頭言

点から線、そして面へ

岡山県総社市立石憲利

今年(二〇一八年)は、岡山県語りのネットワーク結成十周年という節目の年です。

私は、若いころから昔話の調査をしていて、次第に採録が困難になっていくなか、「これでは昔話は消えてしまう」という危機感を持つようになりました。自分も語り手になろうと、地元の小学校で昔話の語りを始めました。たいそう子どもたちに喜んでもらえ、次第に語りの要望が広がり、一人では対応できなくなりました。

「語り手を増やそう」と、早速、語り手養成のための講座を開催。何回か開きましたが、子育て中のお母さんを対象にしていたため、なかなか講座に出席できず失敗に終わりました。私が勤めを定年退職した二〇〇〇年から「立石おじさんの語りの学校」として再挑戦。時間的に余裕のある退職者、子育ての終わった女性を対象にし、やっと語りのグループ結成にこぎつけました。次々に学校を開き、グループができてきたのでネットワーク化しようと、二〇〇八年に、九グループ(五十人)で岡山県語りのネットワークを結成しました。

語りを始めたときから、一人では力がない、語りの輪を拡げるため、点から線、そして面にしていこうと目標を立てていましたから、一応目標の一端に到達できました。その後も語りの学校の開催に力を注ぎ、今年で二十九グループ(約三百人)になりました。当面は、県内の全自治体にグループを作ることを目指しています。

二〇一七年度に、各グループが語った話を聴いてくださった人は、のべ六万七千人でした。これも早期に十万人達成を目指します。

ネットワークでは、@岡山県の民話を中心に語る。A本を丸暗記しないで、自分で再話し、自分の言葉(方言)で語る。B語りには前ぶれ(落語の『つかみ』)を入れ、聴き手に心の準備をしてもらう。C民話は、語り手と聴き手の共同作業の産物であり、一方的に語らない。D民話全般についての理解を深めていく―などを目指しています。

今日までの活動では、公民館、図書館、教育委員会の協力が大きな力になりました。これら機関の協力をどう取り付けるかが、一つの課題です。

(たていしのりとし会員・岡山県語りのネットワーク)

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