2017年01月31日

太陽と月の詩 215号 巻頭言

四〇周年 おもうこと

                              東京都府中市 須山優子

今年、語り手たちの会は創立四〇周年を迎えます。今号に年間の記念事業も掲載いたしました。どれも「語りの多様性」と、次世代への想いを託した「語りの未来」をテーマとしています。
会の一員として、この機会に「四〇周年記念の個人目標」を立ててみることにしました。
一、物語に入り込む旅を〜再話からオリジナルまで〜
以前、不思議な体験をしたことがあります。平家物語の祇王と佛御前、この女性たちの心情をもっと理解したいと思い、二人の終の棲家となる嵯峨野祇王寺を訪ねたときのこと。初冬の夕暮れ時は人気もなく、竹林に囲まれた庭を庵の縁先から眺めていると、後ろで密やかな話し声が…。「あなたがここにいらしたときは、ほんに驚きました。その上、この庵にお迎えすることになろうとは」「祇王様、私は入道殿の屋敷から命懸けで出て参ったのです。人として、生きるために」庵のあるじ祇王御前と髪を下した佛御前、そう、確かに。思わず、薄暗がりに鎮座する二人の座像に手を合わせてしまいました。帰り道、すれ違った見知らぬ老婦人曰く「実の姉妹のような最期だったのです、お二人は」・・・すてきな白昼夢。この旅で、再話「白拍子ふたり」は完成しました。(会誌55号)今年はできる限り物語の故郷に出かけよう。見て体感して、そして創るために。
二、眼差しを読み取る〜赤ちゃんからお年寄りまで〜
辛い思い出があります。落ち着きがなくなった子の保護者に「Мくん、おうちで何かありました?」「いいえ、べつに…」その後、冷たい見方をすると保護者からのクレーム。語り手(私)の「語り口調」、聞き手(保護者)との気持ちの通じ合いに至らないところがあったのでしょう。
嬉しい思い出も一つ。「いっぱいあるけど中くらいの嫌なことはね、内緒だけど、あっちゃんにカバン持たされたこと」と、耳元で囁いた一年生のKちゃん。そっとハグすると、体の力を抜いてクスクス笑ってくれました。気持ちが通いあった一瞬です。
語りの原点は、やはり日常会話です。目線や表情、抑揚や緩急等はすべて意味のあること。赤ちゃんからお年寄りまで、心は眼差に表れます。それを大事にくみ取って語っていこうと思います。
皆さまの今年の目標もお聞かせください。記念事業の場で語り合いましょう。前理事長、故櫻井美紀さんもきっとにこにことしながら耳を傾けてくださっていることでしょう。

                                (語り手たちの会理事)
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2016年10月31日

太陽と月の詩 214号 巻頭言

心に届く言葉
東京都 大竹麗子



「声はうそをつかない」・・心ない言葉、つまり心とは違う言葉を言ってしまうことはあるが、声は決してうそはつかない。音声で言葉を伝えた時、表意(意味)が届くのではなく、その言葉を発している人の内側の真意(本当の気持)が届くのだ。

 物語を語る者にとっては、実に重要な事だ。

「美しい」とか「暖かい」を意味する言葉を発しても、その人の内側に、本気でその思いが内在していなければ、何度「美しい」をくり返しても「美しさ」は届かない。一字一句違わない原稿を二者が語った時に、一方はただの報告文のようになり、一方は、語った内実が深く確かに聞き手の心に届く、と言う事が生じるのもこのことによる。

 1932年に国連からの依頼で、アインシュタインとフロイドが「人はなぜ戦争をするのか」を書簡にて考察し合ったことがある。

 結論は「それにはその国の文化の在りが大きく関わっている」だった。

文化という言葉は茫漠としているが「人を人としての幸福へ向かわせてゆく広く大きな力である」と言う意味を内包する。人類の最大の文化遺産は言語である。

 その言語文化の最高峰であるストーリーテラーの我が国の内実はどうなのだろう?

日本ではまだまだ社会的なストーリーテラーの歴史は浅く余暇的趣味としてとらえられている。

臨床心理医が認められていなかったように児童文化という世界も、文化という名称だけはしっかりついているが、確かな質的内実と広がりを、他のマスメディアに匹敵する程、もてているのだろうか? 子ども達への美しい言語文化を大人達は本気で考えてきたのだろうか?と問いたい。

 だが、かつて臨床心理医が賢明に汗を流し実績を積み上げて、社会にみごとなプロフェッショナルの仕事を実現させたように、かつて朝日新聞紙上にて天野祐吉氏が「この国の将来に最も大事な事は、〃心に届く言葉の関係〃を本気で築いてゆく事なのだ」と叫ぶように言っていた様に、今、全国の子どもの文化に関わる人達が 本気でこの道を「仕事です!」と言える高みまで深めてゆき、必ずや地上の星となることを私は信じて、自分自身もこの道をリスペクトして歩み続けてゆきたい。


                     (会員 おはなしかご主宰)




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2016年07月30日

太陽と月の詩 213号 巻頭言

(七十年たっても昔話にならない)

パーソナルストーリーを語り続けて


奈良県奈良市  秋山勝彦


 二〇〇六年会津若松で行われた「第八回全日本語りの祭り」で、僕は被爆体験を話しました。オープンセレモニーで話ができるなんて、とても恐ろしく光栄なことでした。

 僕の被爆体験は幼い子供の体験で、不思議と思うばかりで悲惨さがないため、子供には聞きやすいのでしょう。その後地元の奈良県を中心に小学校からの依頼が増え続け、今は二十校を超えるものとなっています。広島の修学旅行前平和教育として呼ばれるのです。また夏になると各地で行われる市民対象の平和集会で頼まれるので、年間三十回は被爆体験を話すことになってしまいました。

 僕は川越で語りの会に入り昔話などを始めましたが、長い話などは正確に話せず苦しみました。それでもトルコの昔話などユーモアのあるものは好きでした。「あなたはパーソナルストーリーが性格にあっているわよ」と囁かれたのが運の尽きでした。年間三十回も依頼を受けると、もうホジャさん(トルコ人)にかまってはおれません。子供たちからは原爆の質問も出るし、回答も用意しなければならないのです。それにしても被爆体験ばかりでは達成感はあっても面白くありません。そこで毎年川越で行われる市民対象の「お話し会」に、僕の新作パーソナルストーリーを「面白くなければクビよ、十五分以内でなければクビよ」という条件で発表しています。名作を名手(全部女性)が語る中にぽつんと男の僕が入るわけですから、幹事はその取り扱いに苦労しています。幸い僕の話は一部の人に好評で十年クビにならず続いています。先日「もっとパーソナルストーリーを、一人では淋しい」と言ったら「面白くないのよね。特に男の話は独りよがりで全然面白くない」ときっぱり言われました。僕も納得するところもあります。しかし僕は思うのです。別に戦争や原爆の話でなくとも、人生の実体験の中で(この話は後世に残しておきたいな)と思うものがあるではありませんか?話すべきです。また聴く人もパーソナルストーリーにもっとチャンスを与えて欲しいと思うのです。

 来年はどんな話にしようか?僕は今から苦労しております。クビの不安に怯えながら…。

(会 員)

posted by 語り手たち at 21:42| 太陽と月の詩