2015年08月10日

太陽と月の詩 209号 巻頭言

物語は命をつなぐ                
語り手たちの会副理事長 三田村慶春

現代人の祖ホモ・サピエンスは、およそ四十五万年前に進化し、ナイル川の源流、アフリカ東部の大地溝帯に棲息していたとの研究があります。その大地のほとんどを占める砂漠に囲まれて、この大地溝帯は今も鬱蒼とした森に被われて昼でも暗く、無論、夜は漆黒の闇に閉ざされます。その時代の道具も武器も持たない裸のままの人類が、数十万年もの間、暗い森や夜の闇の中で彼らの命を脅かすモノたちに対抗し、その危険をいち早く察知する能力として命を預けたのは、視力ではなく、聴力を研ぎ澄ませることだったのではないでしょうか。森を吹き抜ける風や木の葉のざわめき、激しい雨や突如襲ってくる雷鳴。それらの音に紛れて忍び寄る猛獣や大蛇の気配を聞きわけるには、何よりもまず聴覚を進化させることを人類は選択したのです。
一方、現代において、母親の胎内で生れる日を待つ胎児が、四〜五カ月目で聴覚を発達させていることは良く知られています。そのため、この時期の赤ちゃんには優しい声を掛けたり、わらべうたを歌ってあげることが勧められていますが、なぜ、胎児が聴覚から先に発達させるのかは、医学や生命科学の世界でも語られてきてはいません。だが、今、生まれようとする赤ちゃんでさえも、人類の進化の過程を受け継ぎ、母親の胎内で日々成長していることを思えば、外の世界の音に耳をそばだて、これから生まれ出る日のために聴覚から先に発達させていると考えることもできるでしょう。
反面、現代は情報の映像化、電子化により、聴覚よりも視覚による情報の伝達が優先され、この二十年余りの内に、人々は直接、言葉を交わしあう能力を育てることに無頓着になり、逆にそれを避けてきているかのようにも見えます。
およそ十万年前、森から出てサバンナへと歩み出した人々は、良質で豊かな日々の糧を求め、暮らしやすい新天地を訪ね、幾つもの大陸を越えて歩を進め、歴史を繋いできました。私たちの日本列島に人が初めて足を踏み入れたのは、約三〜四万年前。この人類の長い歩みのなかで、人は言葉を豊かにし、それぞれの民族の発展に合わせて多様化させ、その中から数多くの物語を生み出してきました。その物語には命を育み、命を繋いでいく力が潜在しているはずです。
先の大戦から七十年。この国の《支配者》と錯覚する者たちが、品のない野次、心無い暴言、詭弁を弄して、再び兵を戦場へと送り出そうとしています。彼らは、言葉の持つ力、豊かな物語に耳を傾け得ず、その中に人の命を繋ぐ秘密が潜んでいることに気づかぬまま、目を逸らしたまま、心得違いの大人になってしまったのでないかとの感があります。   (みたむら よしはる)
posted by 語り手たち at 21:03| 太陽と月の詩

2015年05月17日

太陽と月の詩 208号

巻頭言

語りを愛する会員のための、会員による、会の運営を目指して

NPO語り手たちの会 理事長 片岡 輝
                                              
五月三十一日(日)に、二〇一五年度の定期総会が東京・目白の子どもの文化研究所ホールで行われます。総会は出来ることなら会員のみなさん全員に参加していただいて、昨年の一年間にどのような活動をし、みなさんからお預かりしている会費を何に使わせていただいたかをご報告するとともに、これからの一年、どのような目標と予算を立ててどんな活動をして行くかを話し合い、それぞれがどんな形で参加して会を運営して行くかを決める、会の最も大切な話し合いの場です。各地の会員のみなさんには、印刷した資料とはがきによる意思表示では、隔靴掻痒、歯がゆい思いをなさっている方もいらっしゃる事でしょう。これまで、総会後のいっときを会員の語りを聞いて交流してきましたが、今年は、落語家の三遊亭萬窓師匠に一席語っていただいたあと、同じ話芸に励む仲間として、会員と語り芸について話し合っていただき、そのやりとりを各地の会員のみなさんにもお届けしようと考えています。来年以降もみなさんからご希望を伺いながら、話芸の教養を深める機会にして行きたいと願っています。
毎年、総会の準備のための会議を開くたびに、東京近郊から集まって来る二十人ほどの理事・世話人の話題になるのが、東京で開かれる総会や各種の講座・研究会・イベントになかなか参加出来ない全国各地にお住まいの会員のみなさんに、会員としてのメリット(サービス)をどのような形でお届け出来るかという、会がスタートして以来の難問題についてです。なにしろ、四国と関西にお住まいの二人の理事さんが年に数回の理事会に出席するための交通費も満足にお渡しできない経済事情です。それでも、現在は、地域活動支援事業として各地の会員活動の支援や各地に出向いて講座を開くなど、会誌・会報・ホームページ以外にも会員のお役に立つ情報をお届けしようと工夫を凝らしています。これからも各地のみなさんのお知恵をお借りして、語りを愛する会員のための、会員による、会の運営を目指して、力を尽くして参りますので、お一人お一人が今いらっしゃるところで可能な仕方で会の運営に参画して下さいますよう、心からお願い申し上げ、ご提案をお待ちしています。
posted by 語り手たち at 22:04| 太陽と月の詩

2015年02月03日

太陽と月の詩 207号 

巻頭言

語る楽しさ、聞く楽しみ

兵庫県 神戸市 建石恵美子 

 仕事をやめて子育てに専念するようになったのは三十五年前。
 ある日、子どもと図書館に行った時、はじめて〃おはなし会〃と出会った。「子どもだけしか参加できないが、勉強会に入るなら参加できる」と言われ、即、入会する。
 そこでは、一言一句間違わないように覚えて淡々と語るという枠を感じた。何故と思いながらも、いろんな物語を聞きたくて通った。
 音楽や絵画表現が自由なように、おはなしの語り方も自由なのは当然だという気持ちが大きくなり、やがて図書館の会から離れた。
 その後、「語りの勉強をしよう」という人に出会い、二人で勉強会を始めたのが一九八五年のこと。同時に幼稚園でのおはなし会活動も始めた。
 しかし、自由に語りながらも『これでいいのだろうか』という思いは心のすみにあった。
 そのとらわれが解き放たれる時が来たのは、二〇〇六年全日本語りの祭り(会津若松市)にはじめて参加した時であった。東北弁、九州弁…と、自分の地方の言葉で生き生きと語る人達に出会い、すっぱりと吹っきれた。
 さっそく勉強会で「おはなしを覚えよう」と提案する(十人のうち三人だけ語っていた)。
 まず、子どもの時の楽しかった事を語った。目を輝かせて思い浮かべるような語りだった。
 二〇一二年には、君川みち子さんに来神して頂き、〃山形弁の語りの会〃を催すことができた。
 はじめて聞く方言の温もりを感じた参加者は、俄然やる気が出た。薦めて頂いた〃たこの大根ぬき〃を各自で覚え、勉強会で発表しあった。語り手として『私も語れる』という実感が得られた。その後 毎年、大阪の木下越子さんに来て頂き、語れる話を増やし、子どもたちと〃おはなし〃の楽しさを共有できるようになった。
 二人から始まった勉強会も三十年経ち、十四名に増え、お互い刺激しあい共感しあうことのできる仲間になったように思う。

(語り手たちの会会員・神戸おはなしの会ねっこぼっこ)
posted by 語り手たち at 18:47| 太陽と月の詩