2019年03月22日

お話の国


お話の国 シリーズ2 詩を語ろう11

ふしぎなたね

片岡輝
古いノートの切れ端に、不思議な種が眠っていました。

いまから50年ほど昔書いた走り書きに少々手を加えて、

詩のようなものにしてみました。

声に出していただけたら幸いです。





ふしぎなたね


どこからきたのかわからない

くろいぼうしのおじさんが

ちいさなたねをもってきた

よくひのあたるつちのなか

うめてたくさんみずをやり

だいじにそだててやるんだよ

それだけいうとおじさんは

かぜといっしょにいなくなる


なんのたねかはわからない

くろいぼうしのおじさんの

ちいさなたねをまいてみた

よくひのあたるはるのひに

うめてたくさんみずをやり

だいじにそだててやりますと

ちいさなあおいくさのめが

あるひとうとうかおだした


なんのめなのかわからない

くろいぼうしのおじさんの

ちいさなふたばのびていく

よくひのあたるまどぎわで

のびてたくさんはをつけた

だいじにそだてているうちに

つぼみがふたつげんきよく

あるひ ひよっこりかおだした


なんのつぼみかわからない

くろいぼうしのおじさんの

ふたつのつぼみふくらんで

つきよのばんのまよなかに

ぱっとひらいてはなさいた

なんのはなかはわからない

けれどもとってもいいかおり

あさつゆあびてさいている


くろいぼうしのおじさんは

あれからすがたをみないけど

いつかどこかでまたあって

たねのおれいをいいたいな

すてきなはながさきました

はながちったらたねができ

こんどはわたしがそのたねを

どこかのこどもにとどけましょう



posted by 語り手たち at 07:33| Comment(0) | お話の国

2019年02月04日

お話の国

お話の国 シリーズ2 詩を語ろう 10

新しい年の始まり


片岡輝 詩

11日を年の初めとして祝うのは、太陽暦を採用している国々です。

月の満ち欠けを基準にしている太陰暦の11日は、その年によって太陽暦の121日か220日までのいずれかの日に毎年変わります。

その日を旧正月として祝う風習が今も残っており、中国では、春節と呼んで水餃子を食べて祝います。お隣の韓国ではクジョン、ベトナムではテト、日にちは違っても新しい年の始まりを寿ぐ心は共通です。


コメント 2019-02-04 213713.jpg


詩  新しい年の始まり


新しい年が始まると

古い年はどうなっちゃうの?

もういらないの? 捨てちゃうの?

でも 時間はつながってるのだから

なくなっちゃうはずはないよね?

なくならないと思うけどけど 過ぎてしまった時間を 

二度と繰り返すことはできないよね。

でも その時間に考えたことやしたことは

心や体の中に記憶として残っていると思うんだ

だって 過ぎ去った時間があるから

いまのぼくがいるんだから

新しい年にどんなことをしようかな

あれもこれも

したいことがいっぱい


この次の新しい年の始まりには

誕生日ケーキのように

ロウソクが増えていくと

楽しいだろうな

そのロウソクがチョコレートで出来ていたら

もっと嬉しい


posted by 語り手たち at 21:29| Comment(0) | お話の国

2018年12月24日

お話の国

お話の国 シリーズ2 詩を語ろう9


幼子の見る夢は


片岡輝 詩 




今年も残るところ一週間を切ろうとしています。


幼子たちは、指折り数えながら待ち望んだクリスマスを前に、


どんな夢を追いながら夢路を辿るのでしょうか?


願わくば、悪夢にうなされることなく、天使の笑みを浮かべながら


サンタクロースに托したささやかな幸せを手にする夢を見て欲しい、


大人たちの切なる願いです。

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幼子の見る夢は




出来ることなら君の見ている夢を


私も一緒に見てみたい


嬉しい夢ならきっと心が弾むだろう


楽しい夢なら寝顔に笑みが浮かぶだろう


悲しい夢なら泣きじゃくるかもしれない


何かに追いかけられる夢なら


私が何かの前に立ちはだかるよ


君の寝顔を見ていると


君が見ている夢の世界が私にも見えるようだ


君の夢の中に私がいるだろうか


私の姿はたぶんまぶしい光の中に溶け込んで見えることはないだろう


それほど君の夢の世界は大きくて


はるかな未来につながっている


私に出来ることは


君が夢を見る夜が平和であることを守ること




2018/12/23


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posted by 語り手たち at 15:40| Comment(0) | お話の国