2023年08月05日

太陽と月の詩 N0.241 巻頭言

楽しくて ー 物語 

北海道 苫小牧市  墨谷 真澄 

  

「人ってそれぞれが一冊の本ですよね」と、店のお客さんがふと言った。「その通りだね」と、私も深く頷いた。 

 ブックカフェをオープンして六年になる。本と飲み物しかない小さな店だが、時にお客さんと話が深まり、辛かった時のこと、あるいは深刻な家族の話などを聞くことも少なくない。その度に人はそれぞれが自分の物語を生きているのだと感じ、まさに一冊の本だと思わずにはいられない。

 そんなお客さん何人かと店でお話会を始めることになった。きっかけは君川みち子先生。オープン間もない頃、思いがけず店でお話会をしてくださったのだ。日頃二〜三人程しか来ない店も、その日ばかりは二十名の定員であふれ、君川先生の山形の物語をゆっくり味わい、心の奥から楽しめる幸せな時を会場皆で共有することができた。その楽しく幸せな余韻は消えずに自分たちも語りたいという想いになって、語りの会のスタートとなった。 

 「夕暮れおはなし会」月に一度、仕事や用事を終えたメンバーが集まり、自分のペースでゆっくり語り合う、上手下手ではなく語る事そのことを楽しめる会となった。 

 そうこうしているうちに絵本の読み聞かせの人もいっしょにさせてほしい…さらには朗読の人たちも…ということで、結局ジャンルを問わず自由なお話の会となった。正直こんなごちゃまぜの会  で良いのだろうかと悩んでもいるのであるが、仕事で疲れていても、雪降る寒い日も〃楽しくて〃と集まる人たちを断ることはできない。また会を重ねる度にメンバー一人一人の語り、あるいは読み聞かせや朗読は、その人の今生きている物語と続いているように思えてきて、いっそう味わい深くより楽しいものと感じるようになってきた。 

  みんな物語に会いたくて、楽しみたくて、毎月第三木曜日の六時半に集まって来る。 

 それぞれが思い思いに物語を伝え、また受け止め合って、それが喜びとなるのだろう。 

 お話会のあとはコーヒータイム。軽いおしゃべりもまた笑いが続く。 

そして、「ではまた来月ね」と、皆がそれぞれ自分の場所に帰って行く。

(会員)

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2023年08月04日

語りの世界

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語りの世界 第75号
(2023年8月1日発行 NPO法人 語り手たちの会)
目次
特集 宮沢賢治作品と「語り」
■巻頭のことば
風のメッセージ 坂戸真美
■特集 宮沢賢治作品と「語り」
語りで宮沢賢治の作品を表現するために 片岡輝
「人新世」という時代に宮沢賢治作品が放つもの 澤田由紀子
宮沢賢治作品を語って 澤口杜志
イーハトーブの音と光、そして風 藤澤陽子
宮沢賢治の童話、イーハトーブの山男から 須山優子
私にとって賢治を語るということ 清水三和子
宮沢賢治記念館について 宮澤明裕
イーハトーブへ、賢治に会いに行く 渡辺弥生
■詩の生まれるとき 片岡輝
■連載 語りの仲間たち
心いっぱい 語り続けて 尾松純子
出会いー昔も今も 末吉正子
愛情とともに 君川みち子
■会の活動
コロナ禍からの学び 伊知地晃子
■連載 世界 おはなしの旅
韓国編 金 基英
■連載 日本 おはなしの旅
福島の昔話 松本貞子
■絵本の散歩道
『画本 宮沢賢治』〜版画家 小林敏也の世界 三田村慶春
■語り手育成基礎講座
末吉正子/尾松純子/小阪眞理子
■お知らせ
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2023年05月02日

太陽と月の詩 No.240 巻頭言

「物語を語ること」

           ─── ル=グウィンの至言によせて 

NPO法人語り手たちの会 理事長   片岡 輝 


「物語を語ることは、意味を獲得するための道具として、わたしたちがもっているものの中でもっとも有効な道具のひとつだ。物語を語ることは、わたしたちは何者なのかを問い、答えることによって、わたしたちのコミュニティをまとめるのに役立つ。またそれは、わたしたちは何者なのか、人生はわたしに何を求め、わたしはどういうふうに応えられるのかという問いの答を知るのに、個人がもつ最強の道具のひとつだ。…文学的な短編や長編の複雑な意味は、その物語そのものの言語に参加することによってのみ理解可能だ。…それは芸術作品は頭だけで理解するものではなく、感情や体そのものでも理解できるものだからだ。… 

 物語を頭だけでなく、心と体と魂で読むならば、その物語はあなたの物語になる。それはあなたに美を提供するだろう。あなたに苦痛を経験させるだろう。自由を指し示すだろう。読み直すたびに違うものを意味するだろう。…芸術はわたしたちを解放する。そして言葉の芸術は、わたしたちを言葉で言えるすべてを超えた高みに連れていくことができる。… 

 (子どもたちに)本を開きながら『ほら、新しい世界へのドアが開かれた。わたしはそこで何を見つけられるのかな』と考えるように教えられているなら、どんなにかよいだろう。」註@

 物語に魅せられた一人として、そんな大人になれたらと願わずにはいられない。 


  註@『いまファンタジーにできること』ル=グウィン 

   (谷垣暁美・訳 河出文庫 所在 p.218|p.219 p.221 p.222)


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